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2008-05-19 00:08 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:図書館で借りた本
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」
作:J・K・ローリング
訳:松岡 祐子
ハリー・ポッターと謎のプリンス ハリー・ポッターシリーズ第六巻 上下巻2冊セット (6)

 言わずと知れた英国ネオ・ファンタジーの草分け的作品。そして空前のファンタジーブーム巻き起こした張本人であり、その大波を今も尚先導し続ける旗手である。魔法ファンタジーの古典的な味わいに加え、個性的で親しみやすい世界観・魔法が魅力的だ。またブラックユーモアに彩られた粋な会話と、謎を落とし落として一気に回収するハイテンポでドラマティックな展開には、一種の爽快感すら覚える。ファンタジー愛好家だけでなく、世界中の一般読者に広く愛読されている傑作だ。
 ありきたりな紹介になってしまったが、「ハリー・ポッター」は純度100%の英国ファンタジーとは言えない。これまでのクラシックなファンタジー(ナルニア国物語、ゲド戦記、指輪物語等)が好きな方の中には、閉口される方も少なくないはずだ。けれど、その突飛すぎる設定やストーリーの気安さも、一時の流行の中に埋もれることなく、新しい王道となった。英国ファンタジーに確かな土台・系譜があったからこそ「ハリー・ポッター」のような新しい風は受け入れられたことを忘れてはいけないが、出るべき時にして出ることは、やはり難しい。だから両手を挙げて称えることは決して野暮ではないと思っている。

 全七巻構成の六巻に当たる「ハリー・ポッターと謎のプリンス」 を最近読んだ。
 前作「不死鳥の騎士団」にて示されたハリーとヴォルデモート卿に関わる予言。今作ではその予言を中心に、ヴォルデモート卿の過去を追うハリーとダンブルドア、ヴォルデモート卿から“何か”を課せられたマルフォイ、ダンブルドアとヴォルデモート卿の間を行き来するスネイプの言動に焦点を当ててストーリーは展開する。そしてハリーを魔法薬の授業で手助けしてくれる「プリンス」なる人物が残した教科書。
 「プリンス」の正体は? ヴォルデモート卿の過去から浮かびあってくる「分霊箱」とは? スネイプはどちらの見方なのか? これまでの種明かしと、これからへの伏線を交互に出しながら、物語は最終巻に向けて一気に加速する。ハリーが手にする新しい幸せと、残酷な別れ。揺れ動く心情と突き通される信念の中、成長していく登場人物達。疑惑、恋愛、友情、尊敬、裏切り。彼らが織り成す人間模様もまた、6巻の見所だ。
 
 はっきり言ってしまえば所々引っかかる展開の不自然さ、描写の不可解さは巻を経るごとに増えている。
 しかしそれが作品の失敗部分なのか、それともラストへの伏線なのか、今は判断がつけられない。 これがただの失敗なら、どれほどお粗末な・・・とがっかりせざる得ないが、だからこそ私は伏線だと信じている。6巻の煮えきれない部分をJ・K・ローリングはどう回収したのだろう。気になって仕方がない。

 最終巻「ハリーポッターと死の秘宝」は2008年7月23日刊行予定。
 10年間愛読し続けてきた児童書。最終巻がどんな結末でも、読み終えたらしっかり総括しようと思う。
2008-04-05 00:06 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:小説・文学 テーマ:読書感想文
幽霊の恋人たち―サマーズ・エンド
作者:アン・ローレンス
訳:金原瑞人
絵:佐竹美保

 物語の舞台は20世紀初頭のイギリス。夏の終わりのある夕暮れ、ベッキーが家路をぶらぶらと歩いていると一人の旅人がやってきた。不思議な空気を纏うその男はレノルズ名乗り、冬越しを兼ねてベッキー達の家で住み込みで働くことになる。

 リジー、ジェニー、そしてベッキーの3姉妹はことあるごと、レノルズに「家賃」と称してお話をせがむ。そしてレノルズは旅先で「見聞きしたこと」についてぽつぽつと語り始めるのだが、彼の話は不可思議で奇妙なものばかり。そして決まって幽霊の類や、「良き人々」――つまり妖精達が登場する。

 妖精騎士タム・リンやダーナ巨神族の物語など、レノルズが語るのはアイルランドやスコットランドに伝わる民話の数々なのだが、これらの話にはある共通点がある。
 それは、すべて恋愛物語だということと、女性中心の物語であることだ。

 作品の主人公・ベッキーは、貞淑や従順な女性ではなく活動的で自立した女性になりたいと願っている。レノルズが彼女や姉妹達に語るのは、単なるおとぎ話ではなく、知恵や勇気を出して愛や幸せを勝ち取る女性の成功譚だ。作中の時代が婦人参政権について論争が巻き起こっている最中であることや、ベッキーの最後の台詞からも、強いフェミニズムがうかがえる。

 しかしこの作品の白眉はもっと別のところにある(と思う)。僕が最も惹かれたのは、レノルズのストーリーテリングの絶妙さだ。作者も、レノルズの話は「語り口調」であることを意識し描いている。ありふれた前置きがなく、入り込みやすく、展開が読めない語り口。つい、「読んでいる」のでなく実際に話を「聞いている」ような感覚さえ覚えてしまう。聴衆がベッキー達であることから、既存の民話や神話を女性が好む形へと変えているのも、自らのストーリーテリングに聴衆を引き込ませる技である。話を退屈させないための方法を、レノルズの語りから見つけてみるのも面白いかもしれない。
 昔、ケルトにはバード(吟唱詩人)とよばれる人々がいた。各地を転々と旅し、村々での語りを生業とする人達だ。ケルト民話・神話にも詳しいロレンスは、レノルズを現代に生きるバードとして描いているのかもしれない。

 民話や神話を題材に、女性達の力強い自立を謳った作品。
 魅力的なストーリーテリングのお手本としても、ぜひ手にとってほしい一冊だ。
2007-10-27 04:40 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:小説・文学 テーマ:ブックレビュー
ライオンと魔女 ナルニア国ものがたり(1)ライオンと魔女 ナルニア国ものがたり(1)
(2000/06)
C.S.ルイス、瀬田 貞二 他

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 ルーシーは衣装ダンスを通り抜けることでナルニア国に入ってしまう。「タンスを通り抜けると異世界であった」というのは、それだけでも充分素敵だが、タンス自身しっかり意味を持っているようだ。この古典作品を今更紹介しても仕様がないので、作品の舞台・ナルニア国へと主人公達を繋げる「タンス」について、考えてみる。
 タンスは衣装をしまって置く所。着られなかった衣服をしまっておく場所だ。私達が着ている「衣服」――大げさに言えば私達が選択した生き方や振る舞いは、「タンス」の中に抑圧された違う「衣服」や、着られなかった別の可能性の上にあるものだ。衣装ダンスは、私達の「生きられなかった可能性」が集まって造られた無意識界を意味している、といえる。
 もしかしたら私達が子供から大人に成長していく課程で脱いでしまった「衣服」達、その中にも可能性はあったのかもしれない。ナルニア国のような世界が半ズボンの中に存在していた、と考えると正直私は「惜しいことしたなぁ」と思う。冬も半ズボンを履いていた頃の自分に、戻りたくなってくる。あの頃、私の前にも「ナルニア国」のような世界に繋がる、素敵な可能性はあったんじゃないのか――

 ――なんて馬鹿馬鹿しいことを空想しながら、「ナルニア国物語」を再読する。すると、ページをめくり返すナルニアの世界は、全く色褪せていないことに気がつく。ブラックコーヒーを飲む今になっても、本の中で時間が止まったように半ズボン少年の心に戻って読むことができる。そうだった!物語の中には、いつでも戻れる時間や世界が、待っているのだ。読み終えると、そんなありふれた有り難さが、初めて感じた時のように湧き上がってきた。

 去年公開された「ライオンと魔女」、そして来年公開の「カスピアン王子の角笛」と、次々と映画化される「ナルニア国物語」 これをきっかけにまた多くの子供達がこの作品を手に取り、タンスの中の異世界に思いを馳せるのだろう。そうやってまた一人、また一人とこの物語の虜が増えていくのだと思うと、何故だか嬉しくなってくる。
 そして昔「ルーシー」だった方々にも。本棚で何年埃をかぶっていても、開けばたちまち幼い冒険者に戻れる確かな魅力があることを再確認して欲しい。何度も感じて欲しい。
 ファンタジーの古典「ナルニア国物語」
 世代をつなぐ衣装ダンスを、通り抜けてみよう。

関連サイト
ナルニア国物語~第1章・ライオンと魔女~映画公式サイト

ナルニア国物語~第2章・カスピアン王子の角笛~映画公式サイト

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2007-10-22 21:12 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:小説・文学 テーマ:ブックレビュー
「彼は自分の意志で影と向かい合い、生きた手でそれをつかまえようとした。~両者はいつか切っても切れないきずなで結ばれていた」

ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)
(2006/04/07)
アーシュラ・K. ル・グウィン、Ursula K. Le Guin 他

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 「影」とは何だろう?
 ゲド自身であり、ゲドが最も恐れるものだ。ゲドが抱える焦りや不安。劣等感や恐怖、未熟さ・・・そのようなマイナスの力の集合なのかもしれない。
 ゲドの師匠オジオンは、やがてそれに向き合わなければならない、とゲドに説く。
 
 背を向けているときはとても恐ろしく感じる。でも、しっかりと見据えれば、それは怯えている自分の姿でしかない。 「影」とゲドの戦いは、私達に自分の中の無意識への道を示している。とても哲学的だ。
 無意識、といえばフロイトやユングだが、ユングは童話の中で主人公とアンビバレンスな関係にある問題や事物を「影」と呼んだ。 ファンタジーにおいて「影」は物語のテーマを含んでいることが多い。 しかし、「影」そのものを敵、つまり主人公の到達点とする作品は少ない。「影」は実体ではないからだ。主人公にとって重要な要素であっても、目標にはなりにくいのだ。

 この作品は主人公が「影」そのものと戦った。いや「影」本体と真正面から向き合った作品だ。直球すぎる、と思う設定だが、それがなんとも見事に描かれている。
ファンタジーだからできる、深い作品。物語だからこそ伝えられるメッセージを非常に巧く、表現している。
 
 まさしくファンタジーの最高傑作の一つだろう。

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2007-03-15 05:49 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:児童書
 ケーテ・レヒアイス作  「ウルフ・サーガ」

 狼たちの目がちらとわたしをかすめるとき、わたしはその目の中に悲しみの色を見る。ひとが開放飼育場と呼ぶ、このちっぽけな領域に閉じこめられて、彼らは何を考えているのだろう?捕らわれの身を、運命とあきらめているようにも見える。しかし、それは人間の感じ方なのだろう。本当のことは、狼になってみなければわからない。
(序説より引用)

 
作者ケーテ・レヒアイスは1928年生まれのオーストリアの作家。大の狼好きである。彼女の描いた他の作品の中にも、しばしば狼が登場する様だ。他の著作はほとんど邦訳されていないため読んだことはないが、この作品「ウルフ・サーガ」はレヒアイスの描いた狼作品の中でも、最も広く読まれている一冊であるらしい。
 そのためか、狼の描写が克明で、動作、仕草のみでもどの狼の説明なのかが分かってしまう。主要キャラクターのほとんどはもちろん狼である。僕達が人間一人一人に違いを見出すように、レヒアイスは狼一匹一匹に明確な性格を与えている。動物に言葉を与えて擬人化する作品は「かもめのジョナサン」など多くの作品があるが、僕の知る限りでは「ウルフ・サーガ」は擬人化に最も成功した作品だ。それは言い回しによる性格の違いだけでなく、狼が持つ性質や習性を事細かに描写し、その動作の中で、キャラクターを明確に描き出したからだ。また、作品の主要部分でもある狼の群れの中で模擬的に行われる人間競争社会についてだが、狼の視点を借りてみることで、そこに存在する傲慢さ、不自由さ、危険性をより感じることができる。壮大なファンタジーでありながら、深いテーマを持った児童文学作品。ぜひ一読して欲しい。



 シリキの夢とワカの掟
 作品の核でありテーマでもある、シリキの夢に出てくる毛のない二本足の狼。この狼は、ワカの掟を忘れたショーガル・カンの群れ狼達を予言した姿であり、同時に人間を表している。自分達の種族のみを尊重し、他の種族を排斥していく狼達は、やがて自然のバランスを崩してしまう。自らも飢餓に苦しみ、狂気を助長させてさらに過ちを繰り返していく。
 この狼達の顛末はレヒアイスが10歳の時、ドイツ帝国に併合されナチス政権下で苦しんだ母国での経験が関係しているのだろう。幼少時代に体験したナチスの人種差別への恐怖と怒りが、シリキの夢に出てくる狼には強く表れているように思う。人間の持つ支配欲、傲慢さ、自然への敬意の欠失に対して、レヒアイスは作品を通して非難の声をあげているわけだが、同時に「ワカの掟」という多種族がお互いを助け合う神話を描くことで、他と共生していくことの重要性、共存の美徳を伝えている。それはレヒアイスの理念であり、願いであるのだろう。







ウルフ・サーガ〈上〉 ウルフ・サーガ〈上〉
ケーテ レヒアイス、カレン ホレンダー 他 (2004/11)
福音館書店

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~物語~
 おだやかな風吹く「ささやき風の谷」で、平和な日常を送っていたシリキ達、パロ・カン率いる群れの狼。彼らは「ワカの掟」とよばれる、生物の平等を詠った神 話を信じ、他の生物と自然を分け合いながら暮らしていた。しかし、近隣の群れからの不穏な遠吠えとシリキの夢の中に現れた恐ろしい予言もつかのま、北の国 ノルノルから川の砂粒ほどの狼の大群を率いて、巨大な黒狼ショーガル・カンが現れる。ショーガル・カンの目的は、すべての狼達を一つにまとめ世界を狼だけ のものにすることだった。群れのリーダーパロ・カンを殺され、ショーガル・カンの巨大な群れの中で生活することになるシリキ達。大きな群れの中で競争社会を体験する。仲間達が、個人の自由とワカの掟の許されないその生活に次第に順応していってしまう中で、シリキはそれが間違えであり、恐ろしい結果を招く ことを予感する。仲間を説得し、ショーガル・カンの群れから逃げ出すシリキだが、その結果、平穏と安心のない逃亡生活を強いられることになる。逃亡生活の中で、追っ手からの危機や自然の猛威など数々の苦難に合い、仲間と共に乗り越えていく。そして、新たな仲間と出会い、別れを経て成長したシリキ達は、ワカの掟を取り戻すため、再びショーガル・カンに立ち向かっていく。

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