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2008-08-04 01:23 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
何故「びりっかすの神さま」なのか?
それは、びりをとった子にしか見えない存在だから。

びりっかすの神さま (新・子どもの文学)びりっかすの神さま (新・子どもの文学)
(1988/10)
岡田 淳

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「びりっかすの神さま」
作・絵 岡田淳

~あらすじ~
何をするにも順位を付けられるクラスに転校してきた始(はじめ)は、教室をヒラヒラと飛ぶ不思議な男を発見する。何故か始にだけ見える、その男。男は自分のことを「びりっかす」と名乗った。
ひょんな出会いをした二人だが、始はびりっかすに興味を持ちもっと話がしてみたいと思うようになる。びりっかすを見るためには、どうやらクラスで何かにつけ「びり」を取らなければいけないらしい。

そうだ、全部びりになってやろう!
始の起こしたこの行動が、やがてクラスの皆に影響を与えていくことになる――



読み始めた時は、これは得点化教育へのアンチテーゼなのかな?と思った。でも違った。
読み進めていくうちに、得点化云々の話はどこかに行ってしまい、ビリになるための勇気と協力が、次第にクラスメイトを結び付けていく。
そして最後はビリや1位を取るためではない、一生懸命「頑張る」とはどういうことか。その本質を問う内容へと変わっていく。最終的に、読み始めた時に感じたテーマとは全く違う所に物語が落ち着いた。
以前岡田淳さんの講演を聞いた時、物語は「テーマ」から入る場合と、「雰囲気」から入る場合があると言っていた。
この作品はどうだろう?
最初は「得点化教育の反省」というテーマから作られのではないかと思う。けれど「びりっかす」を通して始達クラスメイトの間に確かな繋がりが生まれはじめた時、物語の本筋が自然と変わっていったのではないか。
ただ得点化教育に文句をつけるだけの内容だったら、ここまで面白くはならなかったと思う。
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