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2008-08-28 00:35 | カテゴリ:月間報告
とりあえずここまでの読了書(○:レビュー済)

岡田淳「びりっかすの神さま」○
岡田淳「2分間の冒険」(再読)○
佐野洋子「がんばりません」
レイモンド・E・フィース「リフトウォーサーガ 第一部① 魔術師の帝国」
岡田淳「扉のむこうの物語」○
岡田淳「もうひとりのぼくも、ぼく」○
岡田淳「ふしぎな木の実の料理法」○
森見登美彦「太陽の塔」○
小川洋子「博士の愛した数式」
水口博也「オルカをめぐる冒険」○
小島貴子「就職迷子の若者たち」

【絶対読もう!リスト】
F・カーター「リトル・トリー」
岡田淳作品3冊以上
サトクリフのローマンブリテン3部作
新書2冊以上

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2008-08-28 00:14 | カテゴリ:レビュー(エッセイ)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:**本の紹介**
オルカをめぐる冒険
著(文、写真、イラスト):水口博也

 「オルカ」とはシャチのこと。著者水口博也は長年シャチを研究し撮影し続けてきた人物だ。
 本作品では水口氏がジョンストン海峡を旅していた時に出会ったシャチ達を中心に、ヨーロッパ圏のロフォーテン諸島やアラスカ、アルゼンチンのバルデス半島等に住む様々なシャチを観察する。そして自然の中で生きるシャチの行動と生態を事細かに綴っている。シャチはレジデント、トラジエント、オフショアという3種類に食性や行動範囲の観点から分けられていることや、波打ち際に乗り上げてオタリアを捕らえたり、数匹で魚の群れを追い込むなどの餌の捕り方があることなど、一般的にはあまり知られていないシャチの知識が多く盛り込まれている。また、水口氏ならではの貴重な写真と、丁寧なイラストがページの細部を彩り、1ページ1ページがとても味わい深い。
 
 読めば読むほどに、シャチの持つ知能の高さに驚かされる。平均50年以上生きるシャチは、それだけ狩猟や子育において高度な技を持っている。「海のギャング」なんて乱暴な呼び方は、読後改めたくなるはずだろう。
 最後に、海に流される化学物質がシャチにどのような影響を及ぼしているのかを記述している。シャチだけが特別影響を受けているというわけではないが、水口氏が懸念しているように海の汚染が広がれば毒素を除去する機能を持たないシャチの未来はどんどん危うくなる。その危機感をぜひ感じとってほしい。

 ページを捲るたびにしなやかさに翻り海面を踊るシャチ達。大海原を自由に泳ぎまわる彼らの世界に、思いを馳せてみよう。オルカの世界にようこそ。

《関連サイト》
水口博也のホームページ
ORCA LIVE(ポール・スポング博士によるオルカの研究&情報サイト)
2008-08-20 15:38 | カテゴリ:レビュー(小説)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:今日の一冊
太陽の塔
作:森見登美彦

 第15回日本ファンタジーノベル大賞受賞。
 理屈っぽい男子大学生が元カノへの未練をジレンマにモンモンとした毎日を過ごす、という日常生活を面白おかしく、どこか切ないモノローグで綴った作品。
 ・・・という、ありふれた紹介文では収まらないほどに、異常な描写と思考が連続する痛快極まりない内容だ(笑)

 読み始めた当初、これは精神異常者を題材にしたストーカー小説かな?と思った。でも違った。
 確かに、異常すぎるほど豊かに展開される主人公の妄想と思考は変質者まっしぐらなのかもしれないが、そこには一般的な風潮や文化を否定したがる「哲」学生特有の青臭さと、意地が垣間見られる。
 一般的なもの・・・それは特に男女の色恋についてだ。主人公は(そして彼のかけがえない友人達は)自分がそんなものに現を抜かすような俗深き人間ではない、と主張し続ける。俺は孤高だ、俺が答えだと叫び続ける。(無論心の中で)

 一般的な道楽を正常とするなら、彼らは異常な存在だ。けれど異常な自分を肯定し続けることが彼らにとって正常なことであり、俗にまみれることが逆に異常なことなのだ。異常=異界に身をおく彼らにとっては、むしろ現実こそ異世界である。しかし、どうしても元カノである水尾さんが忘れられない主人公は、その境界線が真実ではないことを、うすうすと感づいてる。もっと言ってしまえば答えは分かっているのだ。でもそれを認めたくないからこそ、彼はさらに異常な所業を、とひたむきに頑張るのである。

 読者を異常な妄想譚で欺き弄び、お腹いっぱいになるまでシュールな笑いを提供してくれる本作品だが、主人公の意識にひっそり隠れている健気で臆病な想いに気づいた時、この小説は夏の青空ばりの清清しさを心に残してくれるはずだ。お薦め。
2008-08-18 01:38 | カテゴリ:レビュー(漫画)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:今日の一冊
シマシマ 1 (1) (モーニングKC)シマシマ 1 (1) (モーニングKC)
(2008/07/23)
山崎 紗也夏

商品詳細を見る

 シオは仕事をテキパキこなし、生活のタイムスケジュールもきちんと管理するしっかり者の女性。いわゆる“できる女”だ。しかし彼女には、人に言えない一つの悩みと、人に言えないもう一つの仕事がある。

 それは、夫に浮気され離婚して以来、極度に落ち込み孤独が堪らなくなる夜があるということ。
 そして、同じような悩みを抱えた孤独な女性に“極上の眠り”を提供している、ということだ。

 孤独な夜を埋めるのは“誰か”の温もり。性的な関係になるのではなく、そこに誰かが存在しているという安心感を与えることが、シオの興したもう一つの仕事「ストライプ・シープ」の役目である。一晩の間添い寝するだけ、という不思議な仕事だが、孤独でいることが堪らない夜に優しい異性の温もりを感じることほど癒されるものはない。読んでいると思わず自分も癒されたいなぁと思ってしまうはず。

 登場する4人のストライプ・シープ従業員ガイ、ラン、リンダ、マシュの魅力もさることながら、シオという女性の持つ日常への率先したやる気と等身大の不安感は、読者に活力と共感を与える。

 人の孤独は癒しても、自分の孤独は癒せないシオ。シオ自身の孤独は一体誰が埋めてくれるのか?これからのシオの展開に期待しつつ、4人のイイオトコからも目が離せない。



乙女の気持ちでレビューしてみた。後悔はしてない。
2008-08-16 17:06 | カテゴリ:雑記
マシュさんからバトン頂いたのでやりますー。
(他にもバトン頂いていたのにスルーしてしまってごめんなさい)
2008-08-16 14:43 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:今日の一冊
扉のむこうの物語
作・絵:岡田淳

行也のクラスで出た冬休みの特別課題は“自分で課題を決めて取り組む”というもの。想像するのが大好きな行也は「物語を一作品書く」という課題に決める。
さて、どんな作品を書こうか。
お父さんが仕事で小学校に行くといういうからついていく。だって、誰もいない小学校は物語の起こりそうな予感でいっぱいだからだ。使われていない倉庫の中でストーリーを考え出した行也だが、ふとその倉庫に一人の女性が現れる。女性は自分を「ママ」と名乗った――

物語を作る過程の物語、という着想が面白い。倉庫の中で行也が発見した「物語に使えそうなもの」が、彼らの冒険の先々で登場する。自分で作った物語の中に入り込むというのは、執筆する上での作家の想像体験の一つとも考えられるが、「自分の作った世界に入りたい」という作者の願望のようにも思える。「物語が自ら歩き出してしまった」という後半部は、冒険をドラマティックに彩るための演出としてではなく、この時行也が物語を本当の意味で「生み出した」ということを暗示しているのだと思う。
読み終わると、自分の物語を作りたくなってくる。
2008-08-16 13:57 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:**本の紹介**
「ふしぎな木の実の料理法」
ふしぎな木の実の料理法―こそあどの森の物語 (こそあどの森の物語)

作・絵:岡田淳

こそあどの森シリーズ第一巻。
人と関わるのが苦手なスキッパーの元に、旅をしているバーバさんから手紙と荷物がやってきた。
それは「ポアポア」とよばれる木の実と、その木の実の料理法をだった・・・のだが。
肝心の料理法が、運んでる途中雪で濡れた為にほとんど読めなくなっている。所々読み取れる部分から推測すると、どうやらこそあどの森の住人の誰かが料理法を知っているらしく、教えてもらうようにとのこと。だけどスキッパーは誰かに会うのがとても苦手。どうするスキッパー?

魅力的なキャラクター、こだわりのある住人達の家、色彩風味豊かな描写。読みながら季節を感じ、食欲をそそられ、スキッパーと共に一喜一憂できる素敵な作品。小学校低学年向けの簡単な作品なので、まだ読んでいない方がいればぜひ気軽に手にとってみてほしい。
2008-08-16 01:41 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:今日の一冊
もうひとりのぼくも、ぼく
作・絵:岡田淳

~あらすじ~
一人(かずと)は自分の家の裏山である「みわけ山」におかあさんと一緒に登る。なぜみわけ山というのか?「身をわけて、つらい気持ちや身体の方を山に癒してもらう」という言い伝えがあることを聞く一人。
山から帰ろうとした時、ふとヤマモモの木の根元から声が聞こえた。「ほいほい。ぼんやりする子はここにおのこり。さっさとする子は里におかえり」
気がつくと、さっさとおかあさんに付いていく自分が見え、ぼんやりヤマモモの根元に残る一人も、またそこにいた。
なんと、一人は「身分け」されてしまったのだった――


12ページあたりでいきなり不自然に行が下がる。「あれ?印刷ミスかな」と思うが、これは作者のアイディア。下がり段が「ぼんやり一人」の視点、上がり段が「せかせか一人」の視点で物語が進む。当初、怠け者でどうしようもない「ぼんやり」と、時間を無駄なく使う「せかせか」の対比として描かれるが、徐々に「せかせか」している一人が不安定になっていく。一人(かずと)は、「せかせか」も「ぼんやり」も合わせて自分が“一人”になれるんだと、みわけされて気がつく。

いろんな面があって、全部合わせて君なんだよ。

作者のあったかいメッセージだ。
2008-08-15 23:51 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
ジャンル:本・雑誌 テーマ:**本の紹介**
二分間の冒険 (偕成社文庫)二分間の冒険 (偕成社文庫)
(1991/07)
岡田 淳

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この世には絶対的な力を持つ竜がいる。
竜の元へと一緒に向かうヒロインがいる。
そして竜を倒せる「唯一の剣」が、ここにある。

異世界に飛ばされてしまった悟(さとる)は、大いなる意志によって動かされている一人のヒーローであり、竜を倒せる唯一の人物であり、物語の運命を誰よりも握る確かな主人公である。
悟自身だけでなく、読者さえもそう思うはずだ。

しかし、そうではない。
その思い込みこそが、竜を倒せない理由なのだ。気が付くのは悟ではない。同じように竜を倒すためにヒロインと共に旅をして、同じように「竜を倒す唯一の剣」を持った太郎である。
これは一体どういうことだ。主人公は僕じゃなかったのか・・・竜の館に集まった全員、自分こそが主人公だと思っていたのだ。
そこで初めて、特別な「誰か」なんていないという現実に思い至る。

現実を生きる時、自分が世界の中心だと思っている人は少ないと思う。が、それは本心だろうか?
誰しも、物語の中心にいたいと思うはずだ。だからこそ、「竜を倒す唯一の剣」の存在を固く信じてしまう。
竜を倒すことができる、本当の武器とは何なのか。ぜひ読んで再確認してほしい。
また、僕達が戦っていかなければいけないのは「竜」ではなく、竜の裏に潜む何かであることをしたたかに訴えている作品でもある。
二分間って長いなぁ。
2008-08-04 01:23 | カテゴリ:レビュー(児童文学)
何故「びりっかすの神さま」なのか?
それは、びりをとった子にしか見えない存在だから。

びりっかすの神さま (新・子どもの文学)びりっかすの神さま (新・子どもの文学)
(1988/10)
岡田 淳

商品詳細を見る

「びりっかすの神さま」
作・絵 岡田淳

~あらすじ~
何をするにも順位を付けられるクラスに転校してきた始(はじめ)は、教室をヒラヒラと飛ぶ不思議な男を発見する。何故か始にだけ見える、その男。男は自分のことを「びりっかす」と名乗った。
ひょんな出会いをした二人だが、始はびりっかすに興味を持ちもっと話がしてみたいと思うようになる。びりっかすを見るためには、どうやらクラスで何かにつけ「びり」を取らなければいけないらしい。

そうだ、全部びりになってやろう!
始の起こしたこの行動が、やがてクラスの皆に影響を与えていくことになる――



読み始めた時は、これは得点化教育へのアンチテーゼなのかな?と思った。でも違った。
読み進めていくうちに、得点化云々の話はどこかに行ってしまい、ビリになるための勇気と協力が、次第にクラスメイトを結び付けていく。
そして最後はビリや1位を取るためではない、一生懸命「頑張る」とはどういうことか。その本質を問う内容へと変わっていく。最終的に、読み始めた時に感じたテーマとは全く違う所に物語が落ち着いた。
以前岡田淳さんの講演を聞いた時、物語は「テーマ」から入る場合と、「雰囲気」から入る場合があると言っていた。
この作品はどうだろう?
最初は「得点化教育の反省」というテーマから作られのではないかと思う。けれど「びりっかす」を通して始達クラスメイトの間に確かな繋がりが生まれはじめた時、物語の本筋が自然と変わっていったのではないか。
ただ得点化教育に文句をつけるだけの内容だったら、ここまで面白くはならなかったと思う。
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